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出かけた時から帰り道

旅行記。一人旅だったりそうじゃなかったりバイク(VTR-F)だったり。

日本海と黒部ダムを目指す旅【1】

日本海と黒部ダムを目指す旅



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【第一章】有人改札、じぶそば、一向一揆



2013年9月3日午後9時。
やや大きめの荷物を携え、都内私鉄の上り列車に揺られていました。



――北陸に行きたい。日本海を見てみたい。



そんな風に思う様になったのは、アニメ『true tears』をリアルタイムで観ていた頃だったろうか。

2008年の放映から5年後の夏、ついに北陸に足を踏み入れました。



私鉄とJRを乗り継いで着いたのは新宿駅

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バスの乗車まではだいぶ時間に余裕があったので、その辺をふらふらとした結果の都庁です。


ちなみに今回も写真の脇に撮影時刻を記載するので参考までにどうぞ。
記事として紹介する順番の都合上、時々少しだけ撮影の時系列が前後することもありますがお気になさらず。



出発前にまず今回の旅程ですが、


【1日目】 夜行バスで金沢へ

【2日目】 AM→金沢、PM→富山市街観光、そのまま富山泊

【3日目】 立山黒部アルペンルートを通過し長野県松本泊

【4日目】 松本を観光し夕方バスで東京へ帰る


といった感じで2泊4日。


東京の発着はバスで極力旅費を浮かしています。泊まるところも最安値を突いていきました。
ので、北陸×温泉×旅館な光景は残念ながら一切ありませんのでご了承ください。


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集合場所は新宿ワシントンホテル前。

大阪行きやらのメジャーな路線はすぐ目の前がバスの発着所になっているのですが、自分らはここで集合した後、さらに3分ほど歩かされました。
のそのそと乗り込むと間もなくバスは発車です。

ちなみに夕飯等は自宅で済ませてから来ております。
車内ではガッツリ寝る予定でしたので500mlのコーヒー牛乳くらいしか買っていませんでした。
朝食は現地調達を想定。


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やっすいバスなので特に長距離用にカスタマイズされている訳でもない4列シートのバス。
こいつに9時間近く揺られる運命。


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わりとすぐにウトウトしていたのですが、SAで休憩となればしっかり起きてネタ収集に励む呼飛。

まずは埼玉県のほぼ中央に位置します高坂SAに到着です。
まだまだがっつり関東ですし、時間が時間なのでさして見るものもなく。


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フードコーナーでタダのお茶をすすりながら深夜の交通情報をぼんやりと眺める深夜0時。

用だけ足してさっさとバスに戻って目を閉じる気になれなかったのはやはりワクワクからかもしれん。
なにせ、ここまで大規模な旅を自分の計画だけでするのは初めてだったもので。

……ちなみに、ここのお茶で口の中をやけどしました。


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駐車場に停まっているのは、自分らのような夜行バスと、貨物の大型トラックばかり。

それぞれの示す行き先が自分達と近かったりもっと北だったりで、なんかもうこの光景だけできゅんきゅんが止まらない。


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次に停まったのは松代PA。長野県です。

基本的に2時間おきに停車する訳ですが、その度に目を覚ましてほいほいと外に出てはワクワクしてて日中まともに機能できるのかという疑問は浮かびましたが、まあどうにかなるだろうということで。
PAですし時間も時間なので、特にやることもなく素直にすぐバスへ戻りました。


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続いての休憩地は有磯海(ありそうみ)SAです。

ここまで来るとトイレ休憩にバスを降りる人もほとんどいなくなる。

しかし、なんだこの名前からして旅情を掻き立てるSAは。
軽い足取りで建物の中に入りました。


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さすがと言うべきか、この時間から開店している売店。
人がいないからか外が静かだからか、売り場全体もどこか眠そうな雰囲気です。


実はこのアリソウミ(一発変換できない)SAに到着した時点で、夢の北陸富山県には突入を果たしております。
その最たる証拠ともいうべきブツが、売店の冷蔵庫の中にあったこいつ。


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ますのすし軍団。

実は富山を目的地のひとつにしたのは、こいつが食いたいというのもありました。

しかし、まず向かうは富山ではなく金沢。
乗ったバスは終点金沢の前に富山駅前でも一旦停車して乗客を降ろしますが、そんなのは見なかったことにして目指せ石川県。



ちなみにこのアリソウミSAですが、Wikipedia先生(2014.1月)曰く

――有磯海という地名は富山県内には存在しない。有磯海とは大伴家持が詠んだ歌に由来する歌枕で、富山湾の海のことを指すとされ、松尾芭蕉をはじめ多くの歌人俳人富山湾を有磯海と呼び和歌や俳句に詠んだ。実際には存在しない地名を利用したサービスエリア名は当SAが初めてである。なお、実際の当SA周辺は田園地帯で、富山湾までは3kmほど距離がある。

だそうです。名前がかっこいいから別にいいよね。


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富山駅前での停車を挟み、バスは最後の休憩地。小矢部川SAに到着です。

富山県のSAはどうしていちいち旅情を掻き立てるような名前をしているんだい。


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富山県の西端あたりにある赤い点が小矢部川SAの場所を示しています。
SAでは建物の外観とできればこういう地図を写真に収めるのが僕の趣味です。


ここでも勿論売店に突入したのですが、なんかよく分からない三味線の音が聞こえる……。

音源はいまや珍しい小型のブラウン管テレビでした。
笠をかぶった和装の男女1名ずつがシュール独特な踊りをしているんです。


……これが僕と「おわら風の盆」との出会いでした。



○Wikipedia おわら風の盆


富山の八尾(現在は富山市の一部)で9月1~3日に行われる、富山県を代表する祭りです。
Wiki先生を見る限り、最終日は翌朝まで踊り通すこともあるとか。


小矢部SAにいたこの時は9月4日の朝だったので、ちょうど祭りが終わった頃に僕は北陸の地を訪れたことになります。

先程シュールだのなんだの書きましたが、よくよく見ると格好良いんですよ。
ただその時は眠かったのと、どうもそのビデオの撮り方が良くないのとでシュールにしか見えませんでした。

ガイドブックなどを見る限りかなり良さげな雰囲気のお祭りなので、色々と余裕が生まれた頃に行きたいです。


とまあ、そんな知識もないまま北陸に来てしまった寝起きの呼飛はシュールだなーと思いながら小矢部川SAを後にします。



さて、移動はここまで。


いよいよ金沢に到着し、北陸の旅がスタートいたします。


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思ったよりも都会な金沢駅



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……は、有人改札でした。

そこまで地方をあれこれ行ってる訳ではないのでこれが国内でいかほど目にする光景なのかを知らないのですが、毎日通学でPASMOやらSUICAを使い始めて10年くらい経っている身としては大変衝撃的な図でした。
そっかー、県庁所在都市でも有人改札かー……。


しかし、だだっ広いコンコースを抜けて駅の反対側に出てみると、


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お洒落でやんの。

兼六園や歴史的な町並みがあるのはこちら側なので、しかるべき造りになっているのでしょう。


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外から見るとこんなんです。すげー。さすが北陸新幹線開通予定なだけはある。在来線は有人改札だけど。


さて、金沢駅からは徒歩で兼六園へ向かいます。
午後には隣県へ飛び富山市内の観光という弾丸っぷりなので、兼六園を見る時間くらいしかありません。



さすが駅があんな佇まいなだけに、大通りも整備が行き届いていて歩きやすい。
一本入った生活道路でも、


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こんな標示があったり。


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レンタサイクルが町中に設置されていたり。

改札は有人ですが北陸の本気を垣間見ました。まちづくりに関して北陸はわりと最先端を取り入れているという話は噂にゃ聞いてましたがびっくりびっくり。


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尾山神社なる、なんだか楽しそうなスポットを見かけますが時間の都合によりスルー。

そんなことよりおなかがすいたよ。しかしこんな時間から開いているお店もそんなにないよ。
朝ごはんすら食べていない状態ですが、そうこうしているうちに百万石通りに出てしまいます。


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百万石通り。加賀だけに流石のネーミングである。

ごらんのように百万石通りにはお店らしいお店もなく、


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兼六園着。わざわざ旅程に金沢をぶち込んだのは実質こいつのためである。
東京23区内の庭園のメジャーどころはあらかた足を運んだ呼飛がついに兼六園へ討ち入りです。



――突入から15分後。



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背に腹は代えられぬ。庭より先に朝飯だ。

ということで、「冷やしじぶそば」なるものを園内の茶屋で頼みました。


じぶそばってーのは

 治部(じぶ)煮+そば

の事なのですが、治部煮というのはこの店のメニューに書いてある説明曰く下記の通り。
『じぶ煮は金沢の代表的な郷土料理です。名前の由来は、兵糧奉行・岡部治部右衛門が料理を考案したからという説や、煮る時の「ジブジブ」という音からという説があります』

で、そもそもじぶ煮ってどういう食い物だよという話ですが、鴨肉あるいは鶏肉に小麦粉をまぶして醤油とかみりんとか砂糖とか酒を加えただし汁でさっと煮たものだそうです。


○知られざる北陸の食 治部煮

○農林水産省ウェブサイト 治部煮


調べてみると、知らなかっただけで有名らしいです。
そんな感じで腹をそこそこ満たし、本格的に兼六園へと繰り出します。


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右下があの有名な石灯籠。

綺麗な兼六園の綺麗な景色はネットの海で皆様各自ご覧下さい。
ここでは一味違う兼六園をお見せいたします。



<チーム兼六園シリーズ>


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こんな感じ。


園内で写真はばかすか撮っているのですが、まあ他所でもっと綺麗な写真を見てください。
ついでにこんなのも。


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松の傷
――この松の傷は太平洋戦争が終わった年、昭和二十年(一九四五)の六月頃、政府の指示で軍用航空機の燃料にするために松脂を採取したあとである。

立て看板で解説があったのはここだけでしたが、だいたいの松にはこんな感じで傷がありました。



兼六園はこのくらいにして、次はお隣の金沢城を見て参ります。


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移動中。
明らかにお堀であっただろう部分が車道になっている。

橋を渡れば城址でござる。


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だだっ広いでござる。


こちら金沢城ですが、日本史をかじった皆さんならご存知、かつては加賀一向一揆の本拠地でした。

信長勢がそれを攻め落としてからは金沢城として機能しましたが、現在に至るまでちょいちょい火事が起きて現存する遺構は一部です。
維新後は陸軍の所有するところとなり、師団の司令部が置かれるなどもしました。

が、戦後から平成7年までは金沢大学のキャンパスだったとか。丸の内キャンパスってなんじゃそりゃカッコいい。
大学の移出後からは今でも再建工事が進められています。


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だだっ広すぎて写真の撮り方に困った記憶がある。

Wikipediaにある金沢大学時代の航空写真を見ると、どうやら遺構以外の建築物は全て潰したようですな。


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兼六園はそこそこ人がいたのですが、対するこちらは人気はまばら。
貸切状態たのしいですぅー。

上の空間では柱の組み方とか壁の造り方とかの展示がちょくちょくあります。


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こーゆうの好きいいいいいいいいいいいっ!!!!!


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こーゆうのも好きいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!!!!!!!!!!!!!!


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再建工事真っ只中の現場である。



金沢城ですが、だだっ広い敷地にも一応順路がございまして。


何種類かあるうちの長い方のコースでは、建物内を見たあとで敷地をぐるっと一周します。
雑木林の途中でやたらでっかい蜂に遭遇してうわあってなったりしながら、城の各方面に設けられていた櫓の跡地を回ります。


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金沢市街の方をのぞむ。
実はここ推奨ルートから外れているのですが、ますます人がいません。


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そんな感じで金沢城兼六園でしたー。

ちなみに今回は兼六園の中の茶店で朝飯を食らいましたが、入園せずに立ち寄れる茶店街が隣接する形でございます。

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こんなところ。

ここから少し歩けば歴史的な町並みが残る通り等もあるそうなのですが、時間の都合により金沢駅へ急ぎます。


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バスの路線がよく分かっていなかったけど、とりあえず金沢駅が行き先だったので飛び乗る。
金沢駅から兼六園金沢城へは歩いても行けなくはない距離ですが、バスも沢山通っています。

こうして金沢編は終了でございますー。


【第一章】金沢編 ~終~